まほらの天秤

スザクと約束したように、ユーフェミアは起床してからお昼までの時間を勉強に費やしていた。屋敷の中、あるいは敷地内にスザクがいると思えばその姿を探してしまうのだが、お昼までは山に入っているため探そうという欲求は消え、ならば今のうちに出来るだけ勉強を進め、午後からはスザクと共にいようと必死になって頭と手を動かした。
いつになく集中して勉強をしている姿に「枢木は主の扱い方が上手いと見える」と、コーネリアがからかってきたが、ユーフェミアが不貞腐れるとすぐにコーネリアは謝り、解らない事はないかと妹の勉強に付き合った。
そのおかげか、お昼前には予定していた分を終え、ユーフェミアはスザクが戻ってくるのを庭を眺めながら待っていた。
お昼より少し前に森から戻ってきたスザクを見つけて駆け寄ると、スザクは笑顔で挨拶をしてきたが、その笑顔はいつもとは違いぎこちなく、なぜか悲しそうに見えた。
挨拶もそこそこに、汗をかいたからシャワーを浴びて来ると言って別れ、戻ってきた時には、にっこりといつも通り明るい笑いかけてくれたから、大した事では無さそうだと、安心した。体を動かしたことで疲れ、余裕が無くなっていただけなのかもしれない。

「スザク、森の中はどうでしたか？」

昼食の席でそう尋ねると、スザクはいつものように明るい笑顔を向けてきた。

「あの森は気持ちがいいですね。動物もたくさんいて、綺麗な花も咲いていました」
「まあ、お花がですか？」

山の中に花？
木や雑草が生えているのは目にするが、森に咲く花はイメージが出来なかった。

「ええ。この庭園にあるような美しい花とは違いますが、それでも可憐で綺麗な草花が至る所に咲いていて、それを見ているだけでも心が癒やされます」
「まあ、そんなに綺麗なのですか？」
「この庭園には劣りますが、自然の中の花々は、また違った趣があるので、僕は好きなんです。どんなに踏みつけられても凛とした姿で美しく咲き誇る美しさは、ここでは見られませんから」

その光景を思い出しながら、いつも以上にふわりと優しい笑みを浮かべて言うのだから、きっと自分が今まで見たこともないほど綺麗な風景なのだろう。
物語や映画に出てくるような一面のお花畑があるのかもしれない。

「スザク、今度私も連れて行ってください。是非見てみたいです！」
「・・・え？ユーフェミア様が、森へ？」

一瞬キョトンとした後、驚いたスザクの声に、辺りにいた人たちは苦笑を洩らした。
この箱入りのお嬢様が森へなんてどんな冗談だろうか。
ラフな格好にスニーカーという姿さえイメージ出来ないというのに。
どうしたものかと悩んでいると、ごほんと咳払いした後助け舟を出してくれた。

「ユーフェミア様、森の中は歩きにくいですし、虫も沢山いますよ」
「虫がたくさんですか！？」

ええ、たくさんですとダールトンは頷くと、ユーフェミアは全身鳥肌を立たせた。
ここは森にある屋敷だから、虫はよく出る。
すぐにメイドたちが始末をしてくれるからいいが、森の中ではそうはいかない。しかも沢山、とダールトンは言ったのだ。1匹でも大騒ぎなのに、たくさん。

「・・・まあ、そうですね。この屋敷では見られないような虫も森には沢山いますから、お勧めはしません」

ギルフォードまでそう言って来る。

「森の虫。芋虫、毛虫、蛾、羽虫、いっぱいいる。いきなり上から落ちてくる。いきなり顔にも飛んで来る」

アーニャの追撃に、ユーフェミアは即「行きません」と口にした。若干顔を青ざめさせ、大きな声で言ったユーフェミアに、皆苦笑する。

「では、今度は花をいくつか摘んできましょう」
「ありがとう、スザク。楽しみにしています」

苦笑しながら言ったスザクに、ユーフェミアは恥ずかしさから頬を染め、そう言った。
食事を終え、ユーフェミアの勉強も既に終わっている事を告げると、スザクは驚いた後、「流石ですユーフェミア様」と、笑顔で返してくれた。

「ではスザク、今日は約束通り、お買い物に行きましょう」
「イエス・ユアハイネス」

スザクは騎士の礼を取ると、ユーフェミアは満足げに頷いた。

車の運転はスザクも出来るのだが、免許証は現在紛失中だ。
そのため、運転手兼護衛としてジノとアーニャが一緒だった。

「ユーフェミア様、今日はどちらに行かれますか？」

運転をしながらジノが尋ねてくる。

「そうですね、スザクは何処か行きたい所はありませんか？」
「僕が決めてよろしいのですか？それでしたら、服を買える場所へ行きたいのですが」
「洋服を、ですか？」
「ええ。僕の荷物はまだ見つかっていないもので、今は屋敷の方が用意してくださった服を借りていますが、自分の服を買いたいと思いまして」

ブリタニアの奇跡に関わるものは、全員政府から給料を支払われる。スザクもそれに漏れず、先日ギルフォードを通し現金を渡されていた。本来であれば銀行に振り込まれるのだが、カード類も全て紛失中のため、現金でという形になった。
こんな所に無駄な税金がと思わず考えてしまうほどの大金だったが、今は無一文の状態だったので有難く頂戴した。これを使い、ルルーシュを連れて屋敷を出ることも踏まえて、色々と準備を始めなければいけない。最悪、誰にも気づかれないようぬけ出す必要もあるのだから。

「そうでしたね。スザクの荷物はまだ見つかっていませんでした。では、あの通りにあるブティックへ」

ユーフェミアが示したのは高級店でスザクは慌ててそれを制止した。

「自分はあのようなお店ではなく、普通のお店に入りたいのですが」
「普通の、ですか？」

ユーフェミアは高級なお店にしか基本入らない。それしか知らないとも言える。だが、あの店で買えるのはスーツ類ばかりで、普段着と言えるものは揃いそうもない。
そんな様子にジノは苦笑し、「では、近くにある大型デパートへ行きましょう」と、車を走らせた。
ジノが言ったのは、どちらかと言えば高級品を取り扱う大型デパートで、そんな場所じゃなく、もっと手頃な所が良かったのだが、その感情が表情に出ていたのか、ジノが「それなりに手ごろな物も売っているから」と言ってきた。
ジノもアーニャもごく普通の庶民なので、スザクの気持ちはよく解るのだが、ユーフェミアをそんな場所に連れて行くわけにもいかないため、仕方のない選択だと言える。
それでもユーフェミアにとって専門店では無く、いろいろな品物を扱うお店が一つの建物内に収まっている様子が珍しいらしく、アーニャを連れ好奇心旺盛な瞳であちらこちらを見て回っていた。

「ジノ、ユーフェミア様を頼む」
「ん？いいけど、スザクは何処に行くんだ？」
「下着類とかも買いたいから・・・流石に連れていけないだろ？」
「ああ、それは無理だな。解った、私とアーニャに任せてくれ」

納得したと頷いて、ジノはアーニャとユーフェミアの方へと歩いて行った。
それを確認した後、スザクはその場を離れた。

「さてと、まずは鞄かな。衣服に、携帯食料、身分証は無いから携帯電話は無理か」

ざっと店舗案内を確認した後、足早に上の階を目指した。